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出かけられる時の参考に見て下さい。


住吉大社
初詣はどこへ?
京都なら、伏見のお稲荷さんか平安神宮でしょうか。
私は因みに向日神社です。
あれ?ローカルで分からない?アハハ
大阪では皆さん口を揃えて、すみよっさんらしいです。
ほんまかな?
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境内にある石燈籠は約600基とか。
形もいろいろ、見て歩くのもいいかもしれません。
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とにかく、でっかくて立派!
由緒格式高い神社であることは、行ってみればすぐにわかります。
全国に約2,300社ある住吉神社の総本社。
西暦211年神功皇后への神託により天火明命の流れを汲む一族で摂津国住吉郡の豪族の田裳見宿禰が、住吉三神を祀ったのに始まります。古代大和王権の外交・航海に関連した神社で、遣隋使・遣唐使の守護神でした。
古っ!

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太鼓橋(反橋)
淀殿が寄進したとされる橋です。
この橋を渡るのは、神さまに近づくのに罪や穢 (けが) れを祓 (はら) い清めるためで、
反っているのは、地上の人の国と天上の神の国とをつなぐ掛け橋として、虹にたとえられていたそうです。
渡るのしんどいし、ちと怖いです・・・
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住吉造
4棟の御本殿は「住吉造」と称し、神社建築史上最古の様式の一つとも。
いずれも国宝に指定されています。
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住吉大社HP






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子守勝手神社
我が家からバイクで数分の位置に、
子守勝手神社というけったいな名前の神社があります。
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階段にそって、
紫陽花がジャングルのように咲いています。
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上に上ると右側に神社、左側に観音寺があります。
駒札には、次のように書かれていました。
小守社は農業に大切な用水をつかさどる水分(ミクマリ)神を、勝手社は国土を開き国家を守り悪魔を降伏せしめる天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)、大山祇命(オオヤマヅミノミコト)などを祀る。神社の縁起によると女人安産、子孫繁栄の守護神。
子供を連れて行ったら、勝手に子守をしてくれる神社ではなさそうだ(笑)
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観音寺は、洛西観音霊場第八番札所です。
本尊は十一面千手観音菩薩で、奈良時代に創建されたといわれています。
お寺に見えない建物でしょう。
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神仏分離 神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。
まあ、建物が違うからいいのかな?
お寺の裏山にも、紫陽花が咲いていました。
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毎年、新年には粟生の十人衆と呼ばれる地元の長老たちによって、干支の置物が飾られます。去年のお正月に、私もこの十人衆に逢いました。焚き火を囲んで、なんか雰囲気がありましたよ。
最初、猪だと思っていたのですが、こうして見てみると今年の干支の羊ですね!
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子守勝手神社



宝泉寺
右京区宝泉寺の花菖蒲や紫陽花が綺麗だと聞き、雨が上るのを待ってバイクで飛び出した。
右京区といっても、我が家から1時間半ほどかかる京北町である。
京都市内だというのが信じられないほどの山奥。
国道162号線、通称、周山街道を日本海に向かって走る。
ほとんど信号がなくて、その代りカーブが多い道だ。
ふと、会社の先輩の自慢話を思い出した。
「俺は若い頃、カーブの鬼と呼ばれてて、そのスピードは誰にも負けへん。カーブでバイクをねかすから、タイヤの真ん中より縁が減って困ったもんさ。」
(≧▽≦)あはは そんな奴はおらんやろ~~!
昔に比べて、いくつもの長いトンネルが開通しているので、峠を超える回数が減って助かる。
でもね、トンネルの中はめちゃくちゃ寒いんです・・・
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弘法大師が真言密教の道場とされた京都高雄の古刹神護寺に、宝泉寺の前身の宝泉院と呼ばれた一寺がありました。
南北朝時代の延文元年(1356)、心蓮上人は母親の病気平癒を祈願し、
十一面観世音を秘仏の本尊として、この地に移転、新たに宝泉寺を開創されたと伝えられています。
以来、宝泉寺が病気平癒に格別の霊験のあるお寺として、人々の信仰をあつめてきたのです。

すいません~ 花菖蒲が綺麗だと聞いてやってきたのですが、どこに咲いているのですか?
それが・・・
鹿に全部食べられて、何もないんです。
ミ( ノ_ _)ノ=3ドテッ!
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鹿だけに仕方が無い。
で、すまされるかぁああ~~~!
ぼう寿司が美味しいと聞きましたが?
それが・・・
こんな事情で、どなたもお越し頂けないので作っていません。
ミ( ノ_ _)ノ=3ドテッ!
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鹿のバカ!
バイクを止めたお寺の裏側に戻ると、キュウキュウという鳴き声。
なんだ~?
裏山をみると、鹿が二匹こちらを見ている。
お前らか~~~
ちょうど、聞き耳地蔵さんがおられたので、
たらたら文句をいっぱい聞いてもらいましたとさ。
今日は、空振り三振の巻き(-ε-o)ボソッ
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宝泉寺のHP



石橋赤い橋商店会
大阪府の池田市、阪急(宝塚線)石橋駅西出口すぐ右の石橋赤い橋商店会。
古き良き時代、昭和の香りが漂うレトロな商店街なのです。
昭和の3-4年頃より、箕面有馬鉄道の石橋駅近くの能勢街道通りに散在してできてきた十数店の商店がこの商店街の始まりです。
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この赤い橋は、箕面川の上にかかっている橋で、
みのおがわばしと言います。
雰囲気が、千と千尋の神隠しに出てくるような感じ。icbc8s.jpg

橋の向こう側には鳩と人の像があるのですが、謂れは分かりません。
ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。
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通せんぼ
阪急石橋駅西口を降りると、商店街を通らなければどこにも行けません。
家に帰ることもできないのです(笑)
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ごちゃごちゃ
阪急石橋駅は大学、高校の最寄り駅、ここから阪急箕面線が走っているため、乗り換えに利用される人も多いので人いっぱい。
商店街の道幅は狭く、気持ち的にごちゃごちゃ感があります。
でも、それが良いのかも知れませんね~
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大悲閣千光寺
大河内山荘庭園の一番高いところから嵐山の方見ると、中腹に何やら建物が!
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ここは、大悲閣千光寺です。
30年ほど前に大河内山荘に来た時、あそこに行ってみたいと思っていました。
望遠レンズに付け替えて覗くと、Σ(*゚д゚*)ハッ!!人がこっちを見てるし!
よし、30年の思いを叶える為に行ってみよう。
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嵐山渡月橋のすぐ南に渡月小橋があります。
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橋の下を流れるのは、大堰川(おおいがわ)からの引込み線のような川で、保津川下りを終えた舟がここで陸に上げられ、トラックで陸路を保津川上流亀岡市まで運ばれます。
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渡月小橋の南詰を、堤防に沿って上流へと歩いていきます。
見つけましたよ。
大悲閣の看板!
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上流に向かって更に歩いて行くと、1本道なのに次々と看板が現れます。
とても親切なのです(笑)
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約1km 入り口に着きました。
ここからは、上り階段を上っていきます。
私は身軽なんで、坂道が得意~  な、訳ないか・・・
(*´-д-)フゥ-3
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つづら折りをゆっくりと上って行きます。
見えましたよ!
山門が、あと少しです(;^ω^)
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(∩´∀`)∩バンザ──イ
到着
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江戸時代の豪商、角倉了以(すみのくらりょうい)が、大堰川を開削する工事で亡くなった人々をとむらうために、嵯峨の中院にあった千光寺を、移転し建立させたものです。源信の作といわれる千手観音菩薩を本尊としています。境内にある大悲閣は、大堰川の切り立った岩肌に建つ観音堂で、嵐峡の絶景を眺める事ができます。
昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で、大悲閣、千光寺とも半ば倒壊し、長年千光寺は仮本堂、大悲閣はワイヤーに支えられていましたが、2012年より大悲閣の改修工事が始まり、10月現在回りの足場が撤去されようやくその姿が見られるようになりました。
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あまりの絶景に、時の過ぎるのも忘れてしまいました。
ちょうど、小雨も降ってきたので、雨宿りを兼ねて長居をさせていただきました。
ここ、いいわ!
部屋の中で、そろばんで作られた三重塔を発見!
なんでもここは、別名そろばん寺と呼ばれているらしいのです。
この大悲閣が「そろばん寺」なのかといいますと・・・
江戸時代初期の書物「塵劫記」をご存知でしょうか?商業が発展しつつあったこの頃、金、銀、銅など貨幣の流通にともない 商人は計算が速く正確にできるそろばんを欲しがり学びたがりました。そろばんの基本的な計算、かけ算、わり算を図入りでわかりやすく説明した本がこの「塵劫記」です。基本計算のほかにお米屋さんには米の売買の方法、両替屋、織物屋など商売に必要な
計算方法が学べるようになっていたり、ねずみ算などおもしろ計算なども入っていました。誰もが欲しがったこの本は大ベストセラーとなり海賊版まで出るほどの人気だったそうです。
この本を著した吉田光由は、角倉了以の一族で、了以の子素庵について算法統宗を勉強したといわれています。この角倉一族を奉ってあるお寺が「大悲閣 千光寺」なのです。
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大悲閣千光寺のHP






三室戸寺
車の駐車場はあるがバイク置き場がないので、いつも参道の入り口に駐車します。
先に進むと、すぐに大きな三室戸寺の石碑が見えてきます。
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拝観料500円を支払って、少し上り坂を上ると赤い山門。
この右下にはツツジ、紫陽花で有名な、5千坪の大庭園が広がっています。
いずれも関西屈指のもので、花の寺とも呼ばれいます。
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庭園に下りずに更に進むと、本堂に登る石段に。
ようおまいり
と、書かれた石碑に癒されるのは私だけでしょうか?
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本堂前には、有名な大賀ハス、古代バスなど100種が6月下旬より8月上旬にかけて咲き、
さながらその光景は極楽浄土のようであります。
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光仁天皇が行幸した際、霊感を感じたので藤原犬養に命じ周辺を探させたところ、宇治川の支流である志津川上流の岩淵で黄金の仏像を発見したと伝えられている。この仏像を安置するため、宝亀元年(770年)に御室の一部を移し、奈良大安寺の行表法師を招き、御室戸寺としたのが寺の起源とされているそうです。
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本堂前に石で造られた大きな牛の像が狛犬のように鎮座しています。
大きく開いた口中には石の玉があり、これを撫でると勝運がつくといわれ、
宝勝牛と名付けられています。
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鐘楼の東側、少し離れた場所に朱塗りの三重塔が建っています。
江戸中期のものといわれており、明治43年(1910年)に兵庫県佐用郡三日月町の高蔵寺から移築したものです。
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三室戸寺のHP



宝厳院
宝厳院は天龍寺の塔頭で、
新緑に染まる広大な敷地の回遊式枯山水庭園は策彦禅師作です。
紅葉が有名で、秋にはライトアップされます。
拝観料 500円
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入り口の前にはたくさんの石仏があり、いろんな表情を見せてくれています。
さっとチャリンコでJKがやってきて、私に笑顔を見せると、カッコよく撮影していきました。
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庭園内には、青嶂軒(せいしょうけん)と名付けられた茶室があり、お茶とお菓子が頂けます。(500円)
私は暑かったので、冷やし飴を選びました。
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寛正2年(1461年)、細川頼之が聖仲永光を開山に招聘して創建。
当時は現在の京都市上京区にあった。応仁の乱(1467年 - 1477年)に巻き込まれて焼失し、天正年間(1573年 - 1591年)に再興されました。
明治時代 河川工事のため、寺域が買い上げられ、天龍寺塔頭の弘源寺内に移転しましたが、平成14年(2002年)、天龍寺方丈南側の現在地を購入して移転、再興しています。
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